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外出せずにできる趣味について

 コロナ禍でなかなか外出できない今、ベランダでできる家庭菜園が日々の癒しになっています。5月から夏野菜(トマト・ナス)を育てているのですが、7月中旬よりトマトが枝の真ん中から枯れてきてしまいました。肥料や水やりは園芸のマニュアル本を買ってその通りにしていたので、原因が思い当たらず困っていたのですが、枯れている位置から原因を特定することができました。どうやらエアコンの室外機から出る温風がトマトに直接当たっていたことが悪かったようです。特に今年は家にいることが多かったので、影響が大きかったようです。
 日当たりとエアコンの使用の折り合いをつけるため、晴れの日は早く起きて、朝の涼しい時間帯は植物を日光に当てるようにしました。また、日中や夜にエアコンをつける際は植物を室内に入れるようにしました。休日はそのまま開店直後のスーパーまで歩いて買い物に行くようにしたので、密を避けながら気分転換と買い出しができ、とても良い習慣になりました。
 トマトは逞しく、現在は根元の方から新しく芽を出しているのでこちらを大切に育てていきたいと思います。外出の難しい今の状況でもできるこの趣味を続けながら、心身ともにリフレッシュして、仕事に励みたいと思います。

本部オフィス(福岡市東区)事務局I

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みんなと顔を合わせること

 先日、「刑事事件」をテーマに事務職員研修を行いました。
 本部オフィスの甫守弁護士を講師に、刑事事件の法律的なことから事務局が関わる実務的なことまで、刑事弁護の流れに沿って勉強しました。弁護士の弁護活動とその場面における事務局の注意点等、パワーポイントを使用したわかりやすい講義内容で、特に若手の事務職員にとっては基本的な流れを再確認する良い機会になったのではないかと思います。
 今回もWEB併用の研修でしたが、このリモート研修も定着しつつあります。普段の業務では職員間でもメールや電話でのやり取りばかりで、中身も業務に関わることだけに済ませがちです。集まることが出来ない今はこうやって画面越しでも顔を合わせて話をすることは大事だなぁと感じます。みんなの表情を見て「元気にしているかな?」と思ったりしています。
 リモートと言えば…法人では「リモートランチミーティング」というものを始めました。数カ月に1回程度、全職員をリモートでつないでランチをしながら、たわいもないおしゃべりをするというものです。こちらもなかなか好評でしたので、次回このブログのどこかでご紹介できればと思っています。

本部オフィス事務局W
 

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最新解決事例のご紹介~消費者問題

 弁護士登録以来,消費者問題にも積極的に取り組んでおり,福岡県弁護士会の消費者委員会にも所属しているところですが,この度,同委員会所属の弁護士らで弁護団を結成し,ゴルフ練習場の経営者たちが,ホームページ作成やクレジット契約等を勧誘した会社の代表取締役・役員・勧誘した担当者,信販会社等を相手に,損害賠償請求等をした裁判について,一部支払を受ける内容で裁判上の和解をしましたので,ご紹介いたします。
なお、過去の解決事例については、当ホームページにも掲載しています。

<事例分野>消費者問題
<解決年度>2021年
被告会社は,ゴルフ練習場の経営者たちに,(1)無料でホームページを作り,そこに広告を貼らせてもらえれば広告料を支払うこと,(2)数百万円もの高額なソフトを購入する内容でクレジット契約を結ぶこと,(3)広告料の名目で,信販会社に毎月支払うクレジット料と同額を,継続的に支払うので一切負担はさせないことを宣伝,勧誘し,高額なクレジット契約を締結させていました。
被告会社は,福岡県を含め,全国で同様の勧誘を行っていましたが,現在は破産しているため,同様の宣伝や勧誘は行われていません。その後,被告会社からの広告料名目の支払が止まったため,ゴルフ練習場の経営者たちには数百万円のクレジット料を支払う義務だけが残りました。
弁護団としては,被告会社代表者らと信販会社に対し,この商法が破たん必至であることを認識し又は認識し得たのに,漫然と継続させて,ゴルフ練習場の経営者らに経済的負担をさせる一方で,クレジット会社から多額の資金を受けていたことを訴えました。その結果,福岡地方裁判所にて,損害の一部につき支払を受ける内容で,信販会社や被告会社の代表者と裁判上の和解をして,被害額の一部を回復することができました。

弁護士 髙本稔久(粕屋オフィス)

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いのちに優劣はない~旧優生保護法違憲国家賠償請求福岡訴訟から②

 本ブログ5/26付けにおいても、本件訴訟についてのご紹介をしていますが、本年8/2、福岡地方裁判所にて、旧優生保護法違憲国家賠償請求福岡訴訟の第5回期日が開かれました。
 当日の法廷において、原告としては100ページ超の準備書面(計5通)を提出し、原告弁護団から私と池永修弁護士を含めた3名の代理人が意見陳述を行いました。私は、このような大きな訴訟において意見陳述をすることは初めてで、朝から緊張と気合いが入り混じっておりました。

 今回の3名の意見陳述は、大きく3つのポイントに絞って行いました。
 1つは、最高裁判所大法廷の判決に依拠しながら、国会議員に国賠法上の責任があること。2つ目は、厚生省(当時)が旧優生保護法に基づいて推進してきた優生政策の実態や優生条項の全部が削除されてからの国の対応。3つ目は、精神障碍者に対する社会からの隔離・排除政策などの精神衛生法制が、旧優生保護法と車の両輪であること。
 これらのうち、私は2つ目について、実際に準備書面の作成に携わり、意見陳述を行いました。

 私は、準備書面の作成及び意見陳述にあたり、厚生省が推進してきた優生政策について調査を進めてきました。優生手術に関する資料の多くはすでに存在していないようですが、現在残存している資料の中でも、とても信じられない記載がなされているものが多くありました。
 例えば、それらの資料の中に、ある都道府県が、優生手術の実施件数が千件を突破したことに関する記念誌を作成、発行したことが記載されているものがありました。
 当時の時代背景としては、厚生省が、優生手術の実施件数が多い都道府県を成績の良い、実施件数の少ない都道府県を成績の悪い、と評価していたという事情があり、これを受けての記念誌の作成、発行であったものと考えられます。
 私は、上記のような資料をみて、言葉にできないほどの驚きを受けましたし、同時に怒りもこみ上げてきました。関係者の皆さんにはそれ以上のものがあったことと思います。
 次回裁判は、本年10/28(木)14時から福岡地方裁判所にて予定されております。裁判後には報告集会を行っております。
 コロナ禍ではありますが、ぜひ裁判を傍聴いただき、報告集会に足をお運びいたき、一人でも多くの方に、この裁判の意義を知っていただきたいと思っています。

弁護士 花田弘美(粕屋オフィス)

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趣味の園芸~グリーンネックレス・ルビーネックレス~

グリーンネックレスは、セネキオ属という多肉植物のひとつで、ころころとした緑色の球は多肉化した葉で、非常に可愛らしい植物です。
 ルビーネックレスは、葉が三日月のような形、茎が紫色で、秋冬には全体的に紫色っぽく紅葉します。

グリーンネックレスの丸い葉がわさわさ茂る姿を目指して何度も育ててきましたがことごとく枯らしてしまい、今は、ルビーネックレスを育てています。室内で育てているときはうまく育たなかったのですが、軒下に吊るして育て始めたところ、元気に茂り始め、名前の通り今では紫色に紅葉してくれています。

NHKのテレビ番組「趣味の園芸」の『これ、かっこイイぜ』シリーズに出演されている俳優の滝堂賢一さんが、「植物は太陽でも、水でもない。風だ!」とおっしゃっていたそうですが、やはり風が重要だったのだなと今実感しています。

昨年、室内で育てていた瀕死のルビーネックレスを花壇に植えてみたところ、色はグリーンのままですが、順調に育っていて、多肉植物は氷点下になると枯れてしまうと聞いていたのですが、戸外でも冬を乗り切ってくれて、結構強い植物のようです。グリーンネックレスも、ポロポロとれた葉を花壇に蒔いていたのですが、根付いてくれて、茂り始めています。

近々またグリーンネックレスを入手して、戸外で株を大きく充実させてから、室内での栽培に切り替えようと思っています。やはり、室内であの可愛い丸い葉が茂っている姿を愛でたいという欲望は捨てられないですね。
  
【2021年9月の朝倉オフィスの出張相談のご案内】
朝倉オフィスでは、毎月筑前町コスモスプラザ(福岡県朝倉郡筑前町篠隈373番地)で無料法律相談会を実施しております。
【9月の相談会の日程】
2021年9月15日(水)13:00~16:30 (筑前町コスモスプラザ)
 (定員)3名(1名1時間)
相談ご希望の方は、電話予約制(申込み順に受付)となっておりますので、朝倉オフィスまでお電話下さい。
朝倉オフィス ℡0946‐23‐9933(平日9:00~17:30)

朝倉オフィス事務局

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原爆の火と熱の下で ~少女たちの被爆体験記2~


前回に引き続き、原子力のあり方、原爆の悲惨さ、平和の大切さについて考える機会となることを願い、学校法人純心女子学園及び著者の奥様であり著作権継承者の竹中誠子様にもご了解をいただき、被爆した同校の生徒らが当時遺した被爆体験記『新版 焼身/著者 高木俊朗』を、一部内容を抜粋してご紹介します。
                                        
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四年生の山下ツルは、工場のなかで、ピカーッと光った瞬間に、気を失って倒れた。気がつくとあたりが騒がしかった。級友が二、三人、ツルのまわりにいた。
「まあツルさんも生きている。いっしょにいかんね」ツルは起きようとしたが、からだが動かなかった。ツルは大きな梁の下になっていた。目のなかに血が流れこんで、見えにくかった。級友たちが梁を動かして、すきまを作り、ツルを引っ張りだした。ツルは立ち上がろうとしたが、腰から下がギリギリと痛んで動けなかった。
「ツルさん、立ちきるね。歩ききるね」「もう、うちは死んでもよかけん、あんたたち、早う逃げてくれんね」ツルは、もう、しかたがないとあきらめた。
「どうして、あんたばかり残して逃げていかれるもんね」級友はツルをかついで逃げたが、浦上川の岸まで出ると、力がつきた。級友たちも、服はちぎれ、どこかに負傷していた。ツルも苦しかった。ツルは、目の上が裂けて、押えても、血がとまらなかった。
「はよう、みんな、先に逃げて」級友たちは、ツルをかつぐ力はなかったので、先に行くことにした。級友もツルも、血と泥で汚れた顔に、いっぱいに涙を流した。
「ツルさん、がんばってね」
「みんなも気をつけて」ひとりになったツルは、もう、自分はここで死んでしまうのだと思った。ふと近くで、苦しそうな声がした。赤く、てらてらと光っている服を着ている人だと思って、よく見ると、皮膚のむけた人間の胴体であった。何も着ていない裸の男だった。ツルは、からだがふるえた。逃げよう としたが腰から下は、やはり動かなかった。見まわすと、工場の崩れた建物の上を、炎が渦まいているのが、夜の火事のように、あかあかと見えた。ツルは思わず、声をあげた。
「助けて、助けて」近くを通りかかる人にたのもうとして、一目見ただけで、ツルは悲鳴をあげた。煙と土ぼこりがいりまじって、渦をまいて吹き流れているなかに見えてくる、火ぶくれのような顔には、眉毛がなかった。別の人は、裸の胴体に幾すじにもなって血が流れていた。多くの人は、海草をぶらさげているように、ちぎれた服のぼろぎれを身につけていた。みんなが、長崎の港のある方角から、北の山の方に向かっていた。ツルは、何か大変なことがおこった、と思った。

ツルは、浦上川の岸まで逃げてきて動けなくなった。目の前の、崩れた工場の建物は炎に包まれていた。ツルは通りかかった男に助けを求めたが、男はそのまま行ってしまった。ツルルは恐ろしさと悲しさに、声をあげて泣いていた。
しばらくすると、肩をゆすられたので、ツルが顔をあげると、今しがた通りすぎて行ってしまった男が、
「しっかりするんだ」と、しゃがんで背中を向けた。ツルはうれしかった。ツルは背負われながら、「おじさん、ありがとうございます。ありがとうございます」と、礼をのべ、また、涙を流した。ツルが男の背中の上から見ると、火の手は、あたり一面にひろがっていた。もう少し、そこにいたら、火に焼かれるところであった。男も、ツルを背負ったまま、逃げ道に迷っていた。道路は、崩れた建物で埋められ、それが燃え上がっていた。
男は歩きだすと、浦上川のなかにはいり、ざぶざぶと渡った。向こう岸にあがると、田になっていて、道はなかった。男は、稲ののびた田のなかを、足をとられながら、横切って行った。ツルは、すまないと思って、「おじさんのお名前と、おところを教えてください。私が元気になったら、きっと、おたずねしますから」
その人は「よか、よか」というだけで、教えなかった。ツルは、それでも、くり返してたのんだ。その人は、怒ってでもいるように、だまったまま、歩いていた。ツルのからだが重いので、時どき休んでは歩いた。浦上は、どこを見ても、一軒残らず、家がたたきつぶされて、散らばり、かさなり合っていた。そこら中に火事がおこっていた。ツルは浦上の、小高い丘の方をさがした。見おぼえのある、塔と、屋根飾りと、壁などが、ひとつまみだけ、かけらのようになって立っていた。それが、浦上の天主堂だった。

ようやく、国鉄の線路に出ると、救援の列車が出るところであった。
ツルを背負った男は、負傷者をかきわけながら、「学徒隊の生徒だ。乗せてやってくれ」と叫んで、前に出て、ツルを乗降口に降した。別れるときに、その人はいった。
「私の名前なんか、あるもんね。それよりは、あんたがはよう元気になんなさい。それが一番のお礼だから」
ツルは列車のなかで、苦痛にたえながら、その人の服を、自分の血で汚してしまったことが、 いつまでも気になってならなかった。
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出典:『新版焼身 長崎の原爆・純女学徒隊の殉難』著者 高木俊朗 角川文庫

今年も76年目の8月9日を、日本は平和のうちに迎えることができました。
しかし、被爆した生徒らが遺した体験は、世界では薄れつつある記憶となっており、核に関し胸が痛む出来事もまだまだ山積しています。この記憶を絶やさず、先人たちが守り続けてきた平和を、日本だけではなく世界共通のものとできるよう、この事実を伝え続け、先人たちの思いを繋いでいくことが現代に生きるわたしたちの使命と思い、この本をご紹介させていただきました。

本ブログを掲載するにあたり、ご協力戴きました被爆校の学校法人純心女子学園、出版社の株式会社KADOKAWA及び著者の奥様であり、著作権継承者の竹中誠子様には心よりお礼申し上げますとともに、殉難された純女学徒隊及び教職員の方々のご冥福をお祈り申し上げます。

本部オフィス事務局S

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原爆の火と熱の下で ~少女たちの被爆体験記~


8月9日、この日は長崎市の平和公園で、毎年、長崎平和祈念式典が執り行われます。
そしてこの祈念式典では、被爆校である純心女子高等学校の生徒らが『千羽鶴』という祈念合唱曲を犠牲者に捧げます。同校は爆心地から約1.6kmのところに位置し、原爆投下により、207名の生徒と7名の教職員の尊い命を奪われ、校舎は全焼しました。
このような恐ろしい核兵器として利用された原子力は、あれから76年経った今、世界でも、この日本でも、まだまだ利用されています。

今回は、76年前に長崎で起こった事実を、少しでも多くの方に知っていただき、原子力のありかた、原爆の悲惨さ、平和とは何かを考える機会になればと思い、終戦記念日の今日、同校及び著者の奥様であり、著作権継承者の竹中誠子様にもご了解をいただいたうえで、当時の生徒らが遺した被爆体験記『新版 焼身/著者 高木俊朗』を一部内容を抜粋してご紹介します。

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昭和二十年八月九日。
この日も、朝は霧が深かった。午前七時ごろ、日ざしが強くなるにつれて、浦上川から港の岸にかけて残っていた霧が次第に晴れ、市街や工場がはっきりとその形をあらわしてきた。静かで、さわやかな朝であった。だが、すぐに暑くなった。長崎海洋気象台の記録によると、日中の風は 東南から西南に変わり、気温は午前十一時には二十九度八分にのぼった。典型的な真夏の一日となった。

寄宿生たちは二列縦隊を作って、大橋町の三菱長崎造船所第三部品工場に向かった。学校から 三百メートルの距離であった。工場の正門をはいるときには、号令をかけた。
「歩調とれ」生徒たちは緊張して歩調をとって、なかにはいった。それから、いつものように、生徒たちは受持ちの分工場へ行って仕事をはじめた。
ひとりだけ、持場に行けない生徒がいた。専攻科の池田輝子で、腹痛におそわれていた。深堀修道女が哀れに思って、「早引きしてよろしいから、帰って休みなさい」と、いたわった。池田輝子は、成績はよくなかったが、すなおで、責任感が強かった。深堀修道女がすすめても、帰らなかった。
「みんなが働いていますから」池田輝子は、腹痛をこらえて、自分の持場に歩いて行った。

四年生の深堀静香は、機械の調節をしていた。手伝ってくれた二年生の山下八重に、たずねた。
「いま、何時ね」
山下は腕時計を見て、答えた。
「十一時十五分前」
「ああ、おなかがすいたね。きょうは綾子先生 (深堀修道女)に、梅ぼしば、たくさんもらったけん、あげるね。」
山下八重はうれしそうにニコニコして「うん」と大きくうなずいた。

深堀静香が機械の調節を終わって、運転しようとしたとき、突然、ピカーッと電気のような光がひらめいて、目がくらんだ。同時に、ものすごい音がひびいた。深堀静香は、隣の鋳物工場が、また爆発したと思った。急いで裏口に逃げようとすると、いろんな物が飛んできて、からだにぶつかった。深堀静香は床に身を伏せた。ばらばらと何かが落ちてくる。
「あいたァ」目をあけると、まばゆい電光のような光がいっぱいになっていて、何も見えない。あわてて、機械の下に頭をつっこんだ。激しい物音と、すさまじい振動がつづいている。重い物が、からだの上にどかどかと落ちた。近いところで、「かあちゃーん、かあちゃーん」 と、叫ぶ声がしたが、それが遠くなったと思ううちに、気を失った。

次回に続く―――――

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理想の最期の迎え方

ここ10年近く身内の看護・介護を続けているため「どう看取るか」ばかり考えてきましたが、最近は自分が「どういう最期を迎えたいか」について考えることも多くなりました。

そんな私がよく開く本が2007年発行、倫理学研究者波多江伸子さん著『さようならを言うための時間』(木星舎)です。

さようならを言うための時間 | 木星舎ホームページ (mokuseisya.com)

北九州の渡橋俊則弁護士の、がん発覚から2006年7月に旅立たれるまでの1年ほどのお話なのですが、重い闘病記というより、渡橋弁護士が最期をホスピスで迎えると選択したことを尊重し支えるご両親や仕事仲間、ご友人たちのお話でもあります。

この本で描かれる渡橋弁護士の、他人を気遣いながらも好きなことをして過ごす姿のなんと魅力的なことか。決して無理せず、周りに集まって来られる同じように優しい方々に囲まれ、自分で選択し自分らしく最期までそこにいらっしゃいました。ボランティアとして支えた波多江さんの、どこまでも優しい文章は、死に向かうお話のはずなのに何故かどこかキラキラしていて不思議と優しい気持ちになります。

もちろん、渡橋弁護士が積極的治療を受けないという選択は、ご自身で調べ尽くし熟考を重ねた結果によるもので、他人が知り得ない苦悩もあったでしょうし簡単な決断でないことは理解しています。それでも読後に穏やかな気持ちになり、不謹慎ではありますが憧れさえ抱く最期の迎え方だと思います。

私にはもう一人、池永満弁護士というお手本もいます。池永弁護士がどう病気と向き合ったかも学んだつもりです。池永弁護士と渡橋弁護士は直方市出身、高校の先輩後輩というほかに共通項が思いつかなかったのですが「自分らしく」というところは同じだなと思います。今の私はこの二人をお手本に最期を迎えられたらと考えています。

私が法律事務所直方オフィスに勤務していた頃、この本の登場人物のお一人であるK弁護士と直方駅で偶然会いました。その日、渡橋弁護士のお父様とお酒を飲んだそうです。亡くなられて数年は経っている頃ですが、交流は続いているのだなと感動したことを覚えています。それもやはり渡橋弁護士のお人柄でしょうし、それを取り巻く素敵な方々が紡ぐ縁だろうと羨ましく思います。

理想の最期を迎えるためには、、当たり前のことですが、まずは何よりも今を大事に丁寧に生きる。暑い夏、お盆を前にそう思います。

 

宗像オフィス事務局S

 

*木星舎では当法人の関係書籍も発行しています。

併せて当法人で取り扱っている書籍のご案内もぜひご覧ください。

http://www.bengoshi-honryu.com/books/index.php

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暑中お見舞い申し上げます(宗像オフィス)

このたびの熱海の土砂災害で被災された皆様、ご関係者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。

毎年続く豪雨災害に、気候危機対策が待ったなしだということを実感します。マイボトルを使う、再エネ電力へ切り替えるなど消費行動を見直しつつ脱炭素型の社会に向けた政策転換を求めていきたいです。コロナが落ち着いたら改めて脱原発、気候危機をテーマにイベントを開きたいと思っています。またこの時期は特に平和を考える時期ですが、宗像では宗像市議会に対して核兵器禁止条約への日本政府の参加を求める意見書を政府及び国会に提出することを求める請願署名活動が行われています。ご賛同頂ける方はぜひ署名いただきたく、事務所までお立ち寄りいただくかお気軽にご連絡ください。

所長弁護士 小 出 真 実

 

暑い日々が続いていますが、コロナウイルスの情勢はいまだ落ち着かず、外出するときにはマスクの着用が欠かせません。マスクを着用しながら屋外を、特に炎天下を歩いていると、着用しているマスクの内部が蒸し暑くて体温が上昇し、頭がクラクラしてしまうこともあります。暑い場所に長時間居続けない、こまめな水分補給を行うなど、皆さま、熱中症には十分にお気を付けください。

日頃、法律相談を承っている際、相談者の方からこんな些細なことを相談しに行ってよかったのかなというお声を耳にすることがあります。他人にとっては取るに足らないことでも、その相談者の方にとっては大変な悩みであると思いますので、お気軽にご相談ください。

弁護士 北 中   茂

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暑中お見舞い申し上げます。(代表)

マスク着用の二度目の夏を迎えました。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

この間、裁判実務ではウェブ会議が一挙に浸透し、コロナ以前には裁判期日への電話での出席を是とせず、遠方の裁判期日でも出頭することを基本方針としていた当事務所も、時代の流れに抗えず、どっぷりとウェブ会議に浸かっています。夕方になれば弁護団会議に足を運び、会議後には困難な課題にともに取り組む仲間たちと労い合い明日への活力を養う、そのような当たり前だった生活も、今ではすっかりかわってしまいました。居場所や移動時間を気にすることなく、いつでもどこでも会議に参加できる便利さに感動したのも束の間、居場所にかかわらず埋められていくスケジュールを見るにつけ、失くしたものの大きさも感じている今日この頃です。

長期化するコロナ禍は、この社会の格差を一層拡大させました。零細事業者や非正規雇用の労働者が次々と職を失う中、リッチなテレワーカーの巣ごもり需要によって高級品が飛ぶように売れているそうです。ふと街を見渡すと、お洒落なバイクで颯爽と街を駆け抜ける○ーバーイーツのドライバーに紛れて、ぎこちなく自転車をこぐ中高年ドライバーの姿を目にすることが多くなりました。「ギグワーカー」と呼ばれる、スマートフォンのアプリなどを通じて1日限りや数時間単位での仕事を引き受けて収入を得ている労働者も急激に増えており、ポストコロナの新しい働き方などともてはやしている人もいるようです。「今日はお疲れ様。明日は仕事がないのでこなくていいよ」という気まずいやりとりをスマートフォンが代わりにやってくれるのですから企業の人事担当者にとってはさぞ便利なことでしょうが、この人やこの人の家族は明日からどうやって生活していくのだろう、そのようなことを誰も考えなくて良い、実にドライな世界が広がりつつあります。

そのような中にあって、2020年4月に町内で5歳の男の子が餓死するという凄惨な事件を経験した福岡県糟屋郡篠栗町は、「町民の命を守るささぐりづくり」条例を制定しました。条例では、「町民の命を守るささぐりづくり」について「人と人との繋がりが薄れつつある現在において、様々な要因を抱え、孤立しがちな生活になっている人や世帯を孤立させることなく、必要な支援等を通して全ての町民がかけがえのない個人として尊重される篠栗町の社会づくり」と定義し、これを「住民、活動団体、事業者、議会及び町がそれぞれの役割と責務を認識し、協働して行う」ことが高らかに謳われています。

せっかくポストコロナの世界を描くのであれば、私は断然こっち派です。

今秋はいよいよ総選挙。市民の力で政権交代を実現し全ての人が明るい未来を描ける社会を展望していきたいと思います。

暑く息苦しい日々が続きますが、ポストコロナの世界で、また皆様と暑苦しいお付き合いができることを楽しみにしております。どうぞそのときまでご自愛ください。


2021年盛夏
弁護士法人奔流代表社員弁護士 池永修

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